2010年9月24日(金)
「お父さん……私はね、何も“ぐらな堂”を継ぐのがイヤだって言ってるんじゃないのよ。むしろ私を後継者として認めてくれたことを、誇りに思ってるわ」
夕日が差し込むカフェ・セイウチのテラス席で、電撃子は静かに、だがきっぱりとした口調でそう言った。彼女は港町コインブラ唯一の洋品店“ぐらな堂”の長女で、名は電撃子。両親は旧大陸ベスパニョーラの出身だが、彼女は生まれも育ちもグラナド・エスパダでベスパニョーラに行ったことはない。新大陸二世と呼ばれる世代だ。
▲本編の主役にして洋品店“ぐらな堂”の跡継ぎ娘、電撃子。他にいい名前が思いつかなかったんです許してください。で○こだと、多方面で問題が起きそうですし。 |
「だったら何が不満なの? 」
たしなめるような口調の母。その隣でムッツリと黙り込んでいる無骨な男が父である。“ぐらな堂”はお針子である母と、デザイン専門学校を出た父が一からつくりあげた店だ。旧大陸から船便で入ってくる衣料品はベスパニョーラの貴族趣味に合わせた、高級志向かつ本物志向のぜいたく品ばかりで、一攫千金を夢見て海を渡ってきたグラナド・エスパダの開拓者には好みが合わない。
そこに実用的なデザインで洗濯に強い丈夫な洋服、いや作業着を提供する店として“ぐらな堂”は人気を博しているのだ。実際、収入の半分以上はコインブラの警備兵であるコインブラソルジャーへの制服が占めている。毎年同じ時期に大量発注が安定してくるため、電撃子が幼い頃から一家の生活は豊かなものだった。
母親にみっちり仕込まれた電撃子は、若いながらもお針子としては確かな腕の持ち主。あとは敷かれたレールに乗って、店をまるごと継げばいいだけだ。
「だって……さいんだもの」
「なあに? お父様に聞こえるように、もっとハッキリ言いなさい」
「お父さんの衣装デザインが、田舎くさいから嫌いって言ってるのよ!!」
凍りつくカフェ・セイウチの空気。普段は気のいい女店主リサですら、関わるのを避けるように外へ逃げていく。
「まあ、なんて失礼なことをお父様に対して。ご覧なさい、秋のファッションウィークで一番の注目株は“ぐらな堂”なのよ? ここに出ている写真、全部お父様の手がけた衣装じゃないの」
▲午後のティータイムも終わろうとしている、カフェ・セイウチ店内。家族3人の視線が一つも交わっていないあたり、何か問題を感じる。 | ▲カフェ・セイウチをはじめ街中で配布されているフリーペーパー、“Coimbla Times”。今週は2010秋のファッションウィークについて取材してるみたいです。 |
「お母さん、それはカフェ・セイウチにあったフリーペーパーじゃない。しかも“ぐらな堂”は大口の広告主でしょ。どこの世界に広告主を悪く書くメディアがいるのよ。ゲーム業界だっ……」
「おっと、裏の世界の話はそこまでだ」
終始黙り込んでいた一家の主(あるじ)が、ゆっくりと立ち上がった。
「うちのデザインのどこがださいのか言ってみろ。お父さんはな、今のお前より若い頃にかのアンドレ・ジャンジールと同じ学校で競い合いながら、デザイナーとして腕を磨いたんだ。ペスパニョーラ仕込みである、このハイソサエティでアッパークラスな衣装がお前にはわからんのかっ!?」
「見ろ。ストッキングの売れ行きが20%近く落ち込む中、アパレル業界を色んな意味で救ったと言われる最新流行のレギンスを取り入れた、ファイター専用衣装!」
「こんなテラテラ光ったやつ、レギンスじゃないわよ。一昔前にエアロビクスのインストラクターがはいてた“スパッツ”と呼ぶほうがふさわしいわ!」
「2010秋冬物のトレンドである、ファーを取り入れたウォーロック用上着だ。チョッキ風なところが流行先取り感ばっちりだろう」
「動物愛護の空気が世界中で高まる中、リアルファー使うなんてお父さんわかってない! 時代はフェイクファーなのよっ。待って、その前にチョッキって何よチョッキって。ジレを知らなくても、せめてベストでしょう。頭が痛いわ……」
「じゃあ、これはどうだ。若い女子学生向けに考えた、オリジナルの船底スニーカーだ。今、はやってんだろ? こういう靴が。父さんのファッションアンテナは決してサビ付いてはいないぞ」
「ふ、船底って……。父さんそれは“ウェッジソール”とか“プラットフォームシューズ”とか言うのよ。船底シューズって筆者の年がばれるぐらい古い言い回しよ。ああもう耐えられないっ」
「とにかくね……とにかく……お父さんのデザインからは昭和の香りがするのよっ」
肩で息をしながら電撃子は禁断の一言を、父にぶつけてしまった。昭和っぽい、昭和の考え方、昭和生まれ。何かと言えば「昭和生まれってやぁね」の一言で議論を封じる平成世代の電撃子が、軽々しく口にした単語は予想以上に父の心を傷つけた。そして昭和生まれの筆者をも。
▲娘の反抗期にヨヨと泣き崩れる母。いがみあう父娘。あの、「昭和の香りがする」ってここ、ヨーロッパがモチーフの世界なんですけど……。 |
「そんなに俺のデザインがイヤなら“ぐらな堂”を今日かぎり出て行け! お前のナウでヤングなファッションセンスとやらを形で証明するまで、家に戻ることは許さんっ」
「あなた、何もそこまで言わなくても……」
「いいえ望むところよ。私の実力をもってお父さんを納得させてから“ぐらな堂”を継ぐわ」
売り言葉に買い言葉で家を飛び出したものの、父をアっと驚かせるようなデザイン案が今すぐに出てくるわけでもない。お針子としての腕に自信はあるが、旧大陸からたまに届くファッション雑誌を見る限り、電撃子のセンスもあちらのトップデザイナーには遠く及ばない。それぐらいのことは自分でわかっている。
「どうしたもんかしら……」
さきほどのまでの威勢のよさをすっかり失った電撃子だったが、次の瞬間ピキューン!と閃きが走った。
「そうだわ、アンドレ先生に会おう。父さんの幼馴染で旧大陸の元トップデザイナー、アンドレ・ジャンジール先生に。彼ならきっと何かヒントをくれるはず」
思い立ったが吉日とばかりに走り出した電撃子は、長距離バス(辻馬車)に乗り込み、港町コインブラから一路リボルドウェの町を目指したのだった。あまりの計画性のなさが不安な主人公だが、稀代の名デザイナー、アンドレ・ジャンジールには会えるのか? 会えたとしてもそう都合よくアドバイスをもらえるのか? 電撃子の無茶ぶりは次週に続く!
▲「Hey! 辻馬車」と言ったかどうかは知らないが、レオナルド・エクスプレスは新大陸の大都市圏をつなぐ重要な公共交通機関である。 | ▲来週の予告をちょっとだけ。どうやら無事リボルドウェについたらしい電撃子。なにやら行列を指差してご立腹のようだ。 |
▲ぐらな堂店主によるデザイン……ではなく、『GEルネッサンス』基本キャラクター男女の初期衣装がこちら。シンプルだけど清楚でどこか気品が漂ってます。 |
■次ページでは、IMC Gamesデザイン担当者のスペシャルインタビューをお届け
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