2013年10月24日(木)
セガが放つ話題のアーケードゲーム『CODE OF JOKER(コード・オブ・ジョーカー)』。本作の特別掌編の第2話を掲載する。
『コード・オブ・ジョーカー』は、ゲームで使用するカードがすべてデジタル化された思考型デジタルトレーディングカードゲーム。プレイヤーは自分の戦術に合わせてデッキを組み、1VS1で交互に攻守交代をするターン制バトルを繰り広げていおく。相手のライフをゼロにするか、もしくはライフが多く残っていれば勝利となる。
『コード・オブ・ジョーカー』の小説を執筆しているのは、『ウィザード&ウォーリアー・ウィズ・マネー』で第18回電撃小説大賞銀賞を受賞した、三河ごーすと先生。小説は全7話の構成で、電撃オンライン内特集ページにて順次掲載されていく。
特別掌編の第2話“小悪魔系女子高生まりねちゃん”でピックアップされるのは、鈴森まりね。国家情報防衛局の秘密組織・ASTのエージェントである私立探偵・緋神仁が見た、彼女のもう1つの顔とは!? 以下でお届けするので、三河ごーすと先生のファンや、カードゲームファンはチェックしてほしい。
明るく元気でおしゃべり好きな女子高生。軽い性格だが、他人を気づかう優しさを持ち合わせている。ある事件がきっかけとなり、エージェントになる。
「うぅーーっ、どーして落ちてくれないんだーっ」
都内某所のゲームセンター。
緋神仁が聞いたことのある声に振り向くと、そこには頭をかかえて悶絶する鈴森まりねの姿があった。クレーンゲームの筐体にほっぺたをくっつけて、恨めしげに中身を見つめている。
まりねはASTのエージェントだ。仁と同じく綾花にスカウトされたらしく、仕事のおりに何度か電脳空間ARCANAで顔を合わせている。
しかし仁は声をかけようとは思わなかった。正直に言えば、常にテンションが高い彼女のことはあまり得意ではない。こっそりとこの場を立ち去ろうと仁が背中を向けた瞬間。
「あーっ! 仁くんだーっ!」
と、無邪気な声が店内のにぎやかなBGMを押しのけた。
仁はぎくりとしつつ、ひきつった笑みを浮かべて振り返る。
「……よう」
「偶然だねっ。わああっ、こんなところで仁くんに会えるなんて思わなかったぁ」
跳ねるように近づいてきたまりねは上目遣いで見上げてくる。カウボーイハットのつばから覗く潤みがちな丸い瞳に、不覚にも、一瞬だけどきりとさせられてしまった。肩や胸の大きくあいた服。ホットパンツからのびるのは左右で長さの違うソックスにつつまれた脚。幼さを残す顔立ちながらも、どことなく「女」を感じさせる。
「仁くんってもっとハードボイルドだと思ってたけど、意外と庶民的な趣味もあるんだね。格ゲーとかやっちゃうの? それともレーシングとかシューティング? まさか……プリクラ!? なにそれ意外! でもそれはそれでギャップがあっていいかもっ」
凄まじい勢いでまくしたてられ、仁はたじろいだ。なんか調子狂うな、と思いつつ、足元を指でさす。
「地下に用があるんだよ……プリクラなんかやらん」
「地下?」
「本場さながらのカジノがあってな。本物に比べれば劣るが、ディーラーと勝負できるし、昼間に時間をつぶすにはちょうどいいんだ」
「カジノ! なにそれ大人っぽい。素敵っ」
まりねは、ぱあああっと華やいだ表情を浮かべた。
「夜にはイケナイお店でリアルなマネーでプレイングしてたりするのかなっ」
「否定はしないが大声で言うことじゃねえよ」
はしゃぎまくるまりねの鼻先に仁は人さし指を立てた。
まりねは悪びれもせず、両腕を組んでうんうんとうなずく。
「ARCANAでの活動でもそういうトコあったもんねー。危険にずばーっと切り込んで、ふつうならもうダメだーってところでも、パーッと解決しちゃったりして。勝負強いっていうのかな、なんかそういうのってすごく素敵だなぁって思うんだよねっ。アタシもカジノとか通えばそうなれるかなぁ。あっ、そうだ仁くん今度連れてってよ」
「女子高生の行くところじゃねえよ。もうすこし大人になったらな」
カウボーイハットに手をのせて、頭をぐりぐりとやりながら言ってやる。むぅっと頬をふくらませ「子どもあつかいされた」と不平をもらすまりねの肩をつかみ、その場でくるりと回転させた。視線の先にはさっきのクレーンゲーム。
「勝負強さを試すだけならアレでもいいだろ。欲しいものがあるんじゃないのか?」
「そうだった! ケロールキッド!」
「ケロールキッド?」
「うん。ほら、あそこの帽子かぶって拳銃を構えてるカエル。すっごくかわいいんだぁ」
筐体の中には大きなカエルのぬいぐるみ。まりねはそれを無邪気に見つめると、おもむろにポケットからホログラム型PDAを取り出してパネルに押し当てた。
「まりねリベンジ!」
認証音とともに電子マネーが百円分投入される。軽快な音楽が鳴り、まりねは真剣な顔でクレーンを操作した。標的に狙いを定め、アームをひろげたクレーンがゆっくりと降りていく。アームがわしっとぬいぐるみをつかみ、まりねが「やった!」とガッツポーズする。
しかし景品は一ミリも浮き上がらず、アームはカエルの表面をつるりとすべった。
「あーっ、また失敗した! もーっ、ちゃんとつかんだのにーっ」
まりねは情けない叫びをあげて、悔しげに頬をふくらませた。
仁は目を細めてクレーンを凝視し、ふむと声をもらす。
「アームがかなりゆるそうだ。これだと上手くつかんでもあの重たそうなぬいぐるみは浮かないだろうな」
「えっ。なにそれずるい。そんなの落とせないじゃないかー」
「いや、上のところにタグがついてるだろ? それにひっかけて傾ければぬいぐるみの頭の重さで倒れるんじゃないか」
「タグ……あーっホントだ! なになに仁くんってクレーンマスターなの? アタシ、もう三十回くらい挑戦してるけど全然気づかなかったよ!」
ぶんぶんと腕を振り、まりねは感動したように丸い瞳を潤ませた。
「計画性がなさすぎるだけだ。こんなの誰だって気づく」
「あーっ、いまちょっと馬鹿にしたでしょーっ。そういうのまりねわかっちゃうよー?」
「はいはい鋭い鋭い。その察しの良さをゲームでも活かすことだな」
突きつけられた指を赤子をあやすようにいなして、仁は軽く肩をすくめた。
まりねの顔に不満の色が浮かんだのはほんの一瞬。すぐに表情は好奇心と成功への期待に塗り替えられる。特に意味もなく軽快なステップを踏んで、ふたたび電子マネーを投入。操作ボタンをばしん、ばしんと激しくたたく。ところがその手つきはあまりにも雑で、クレーンの位置やアームが触れるであろう部位を計算している様子はまるでない。思うままにお気楽に。そんな調子なので上手くいくはずもなく、所持金はどんどん筐体に吸われ消えていく。
向いていないのであれば途中でやめればいいのに、まりねも意地になってるのか、「どうしても欲しいんだーっ」と言って懲りずに挑戦しつづけた。
やがて見るに見かねた仁はまりねの肩に手を置いて、
「いいかげんに諦めろよ。もうふつうに買ったほうが安いくらいの額を使ってるじゃねえか」
「うう~。でもぉ。どうしても欲しいんだよぉ」
幼子のようにぐずりながら、まりねが仁のジャケットをつかんだ。
「子どもかよ……」
「でーもー」
「オーケー。それならチャンスはあと一回こっきり。賭け金は百円のみ。それで終いだ。大人のギャンブラーってのは引き際を知ってるもんだぜ?」
渋い顔をしていたまりねだったが、仁が「大人」を強調すると、こくりと小さくうなずいた。しかしいつもの楽天家な顔がすこしばかり鳴りを潜めて、自信なさげに睫毛を震わせている。
「あと一回かぁ……それでクリアできるかなぁ」
「さあな――だが、不安なら“代打ち”って手段もあるぞ」
「だい、うち?」
「ギャンブルで負けがこんでる奴とか、負けられないレベルの大金を賭けた勝負に挑む連中なんかが“その道のプロ”を雇うことがあるんだよ」
「お金で解決かー。うーん……それ、なんかずるいよー」
「そうか? 雇える金があるのもツテがあるのも、本人の実力の内だと思うけどな」
あえて意地の悪い笑みを浮かべてみせる。するとまりねは釈然としないのか、眉根をわずかに寄せて黙り込んだ。
小学生をいじめているような感覚にきまりの悪さを覚える。仁は意地悪をやめることにして、ポケットから自分のPDAを取り出して筐体のパネルにかざすと、きょとんと瞬きするまりねへおどけたように言う。
「言い方が悪かったな。仲間に助けてもらってミッションをクリアする――これなら、文句はないだろ」
何度も横で失敗風景を観察していた仁にはこのゲームに勝利するための筋は見えていた。あとはもう、その軌跡に沿うようにクレーンを動かしていくだけだ。
がこん、とあっさりとした音をたてて標的が落下する。何が起きたのかわからないように、二度、三度とまぶたを弾いて。それから、うわぁ、うわぁ、と感極まったような声があがった。
「うわああああい! 会いたかったぞケロールキッドぉーっ!」
景品口から引っ張り出したぬいぐるみを胸に抱いて、ぴょんとその場で飛び跳ねる。紅葉色に染まった顔で頬ずりし、猫のように喉を鳴らした。そして、それを頭の帽子の上にのせると、空いた両腕で仁の腕をがっしりと抱きかかえてくる。
「ありがとーっ。やっぱり仁くんはすごい! かっこいいよー!」
飾らない素直な称賛を受けて、仁はとぼけたように目を逸らしながら頬を掻いた。
(こんなことでここまで喜ぶなんてな。ま、高校生なんてまだ子どもみたいなもんか)
無邪気にはしゃぐまりねの姿に仁の表情がかすかにゆるむ。家族などいないが、もしも自分に妹がいたとしたら、いまのように接しているのかもしれなかった。
「しかしそれ、どうするんだ? ぬいぐるみとか集めてる奴はよくいるが、俺にはいまいちその楽しみ方がわからん。飾るのか?」
「ううん、あげるんだよー」
まりねはあっさりと首を振ってそう言った。
「あげる?」
「あっ、いた。おーい取ったぞーっ」
戦利品を高々と掲げてまりねが駆けていった先は、低年齢向けのメダルゲームや、国民的アニメキャラクターをモチーフにした搭乗型ゲームが多く設置された区画だった。ぺこぽこと、もぐらをたたいていた小さな女の子と、そのかたわらで温厚に微笑んでいた初老の女性が、はたと気づいたようにまりねを振り向く。
Illustration:Production I.G
(C)SEGA
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